大手との契約、不安を感じたことはありませんか?
フリーランスや個人事業主として活動していると、「大手企業から仕事を依頼された!」という機会が訪れることがあります。
一見チャンスのように見えますが、その裏で契約トラブルの火種が潜んでいることも少なくありません。
たとえば――
- 納品後に「やっぱり修正して」と追加対応を求められる
- 支払いが予定より大幅に遅れる
- 一方的に発注をキャンセルされる
こうしたケースは、実は「下請代金支払遅延等防止法(下請法)」に違反している可能性があります。
2025年5月に改正法が成立し、2026年1月からは「中小受託取引適正化法(旧・下請法)」として新たに施行予定です。この法律の基本構造を理解しておくことは、個人事業主が自分のビジネスを守るための“盾”になります。
下請法とは何か?――「立場の弱い事業者」を守るための法律
下請法(正式名称:下請代金支払遅延等防止法)は、大手などの発注側(親事業者)から不当な扱いを受ける下請側(中小事業者・個人)を保護する法律です。
1956年に制定され、長らく製造業中心の法律でしたが、今ではデザイン・IT・サービス業などにも適用されます。
この法律の目的は、
発注者と受注者の力関係の不均衡を是正し、取引の公正を確保すること。
つまり、あなたがどんな業種であっても、「相手が明らかに規模の大きな企業」であれば、法律があなたの味方になってくれる可能性があるということです。
2025年の改正により、法律名は次のように変更されます。
中小受託取引適正化法(通称:取適法)
(旧・下請法、正式名称:製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律)
この名称変更は、法律の対象が製造業に限らず幅広い委託・受託取引へと拡大したことを反映したものです。
対象業種と適用条件
下請法の対象となるのは、親事業者が下請事業者に対して行う以下のような委託取引です。
- 製造委託:製品・部品の加工、組立など
- 修理委託:機械や設備などの修理業務
- 情報成果物作成委託:ソフトウェア開発、デザイン、映像制作など
- 役務提供委託:運送、清掃、情報処理、翻訳など
適用されるかどうかは、発注者・受注者の資本金や従業員数の規模差によって決まります。
たとえば情報成果物の作成委託では:
| 発注者(親事業者) | 受注者(下請事業者) | 対象となる関係 |
|---|---|---|
| 資本金5,000万円超 | 資本金1,000万円以下 | 下請法の適用対象 |
| 従業員数100人超 | 100人以下 | 改正後、適用対象に追加予定 |
これにより、従業員数基準も適用要件に加わり、資本金が小さくても人員規模の大きな発注者も対象になります。
つまり、従来よりも「守られる側」が広がる改正です。
よくある違反事例:修正依頼・支払い遅延・キャンセル
契約の現場では、次のようなケースが頻繁に起こります。
どれも「よくあること」で済ませがちですが、実は法令違反となることも多いのです。
① 支払いの遅延・未払い
納品後60日以内に報酬を支払わない行為。
「検収が終わってから支払い」として、検収日を引き延ばすのもNGです。
② 代金の一方的減額
「経費がかかった」「修正が多かった」などの理由で報酬を減らす行為。
正当な合意なく減額するのは違反です。
③ 無償の追加修正要求
納品後に「やっぱりここも直して」と繰り返し修正を要求しながら追加報酬を払わない。
これも不当な取引行為に該当します。
④ 一方的なキャンセルや返品
納品直前になって「やはり不要になった」と言われ、報酬が支払われない場合。
作業の進行度に応じた報酬支払いが求められます。
行政書士が見た“契約の現場”
私の事務所にも、「大手からの発注なのに支払いが遅い」「修正ばかり求められる」といった相談が多く寄せられます。
実際、次のような場面では下請法(または改正後の取適法)が適用されることが少なくありません。
- 大手制作会社が個人デザイナーにバナー制作を依頼
- SaaS企業がライターに記事執筆を委託
- 映像会社が個人カメラマンに撮影・編集を発注
契約前に確認すべき3つのポイント
契約書を交わす際、これだけは必ず確認しておきたい3つの基本項目です。
どれも「後から揉める原因」になりやすい箇所です。
① 業務範囲・修正回数の明記
納品後のトラブルの多くが、「修正はどこまで無料?」という曖昧さから生じます。
契約書には、「業務の範囲」と「修正対応の回数・条件」をできるだけ具体的に書きましょう。
たとえば:
・納品物に軽微な誤字脱字・データ破損がある場合のみ無償対応
・仕様変更を伴う修正は追加見積りの上、双方合意のもとで実施
このように書いておくと、後から発注者側の一方的な「やり直し」要求を防げます。
“修正無制限”という表現は、実務上ほぼ確実にトラブルの元です。
② 支払い期日の明記
支払期日は、契約の中でも特に重要な条項のひとつです。
下請法(現行)および2026年施行予定の中小受託取引適正化法(改称後)では、
「給付の受領日(=納品物を受け取った日)から60日以内に支払うこと」
が原則義務とされています(下請法第4条第1項第2号)。
この「給付の受領日」は、発注者が成果物を実際に受け取った日を指し、検収が終わっていなくても、受領している以上は“支払期日を遅らせる理由にはならない”と解されています。(公正取引委員会『下請取引の適正化に関するガイドライン』より)
そのため、契約書では次のように定めておくのが安全で実務的です。
条項例:
下請代金は、納品日から起算して60日以内、または検収完了後速やかに支払うものとする。
ただし、発注者は正当な理由なく検収を遅延してはならない。
このように書いておくことで、
- 「納品日」を上限基準として支払いを明確化し、検収遅延による支払引き延ばしを抑止できます。
また、契約書に次の一文を加えておくと、さらに安心です。
検収期間は原則として納品日から10営業日以内とし、これを超える場合はその理由を受託者に書面で通知するものとする。
この文言を加えることで、発注者が恣意的に検収を引き延ばすことを防ぎ、万一のトラブル時にも「不当な遅延」であることを主張しやすくなります。
さらに、報酬の支払い方法や手数料負担も必ず明記しておきましょう。
例:支払方法は銀行振込とし、振込手数料は発注者の負担とする。
支払期日・検収期間・支払い方法
この3点をセットで明文化することで、後々の誤解やトラブルを防ぎ、健全な取引関係を保つことができます。
③ 中途解約・キャンセル条件の明記
契約途中で「やっぱりこの仕事はやめたい」と言われることも珍しくありません。
その際、作業した分の報酬を受け取れるかどうかは、契約書に明記されているかで大きく変わります。
例文としては:
契約期間中に委託者が業務を中止する場合、受託者は中止までに実施した作業分に応じて報酬を請求できるものとする。
このように「途中解約=全額キャンセルではない」ことを明示することが重要です。
メールや口頭でのやりとりだけだと証拠が残らないため、契約書または覚書として文書化しておくことをおすすめします。
💬 実務メモ:行政書士としてのひとこと
契約交渉の場で「こんなことまで書くと相手に失礼かな」と思う方も多いですが、明文化することこそが信頼の証です。
明確な契約書があるからこそ、お互いの立場を尊重しながら気持ちよく仕事が進められます。
逆に「曖昧なまま」は、最終的にどちらにとっても不利益になります。要です。
まとめ:知ることで守れる、自分のビジネスと信頼関係
「相手が大手だから仕方ない」と諦める必要はありません。
法律は、立場の弱い事業者を守るために整備されています。
2026年以降は、「下請法(改称:中小受託取引適正化法)」としてさらに保護が強化される予定です。
契約前に
- 相手との規模差
- 契約書の内容
- 支払い条件
を一度立ち止まって確認する。
それだけで、トラブルを未然に防げる可能性が大きく広がります。
あなたの仕事を安心して続けるために、今日から「法の味方」を意識してみましょう。
