「よし、うちの教室も日本版DBSの認定を取って、保護者に選ばれる教室にしよう!」 そう決意された経営者様、その判断は素晴らしいです。
しかし、認定申請の準備を始めると、多くの経営者が「ある実務の壁」に直面し、頭を抱えることになります。 それが、「犯罪事実確認(性犯罪歴のチェック)」の複雑な実務フローです。
これは「警察に電話して聞けばいい」という単純な話ではありません。 国(こども家庭庁)のシステムを経由し、厳格な手続きを経て初めて「問題なし」の通知が届く。この手続きを、これから雇う新人だけでなく、今働いているスタッフ全員に対して行わなければならないのです。
今回は、認定取得の最大の難所である「犯歴確認のリアルな手順」と、事業者が必ず直面する「1年以内の壁」について解説します。 これを読めば、なぜ私が「準備は今すぐ始めないと間に合わない」と繰り返すのか、その理由がクリアになるはずです。
そもそも「犯罪事実確認」とは?
日本版DBSの認定を受けた事業者(認定事業者)は、子供と接する業務(児童等対象業務)に就くスタッフ全員について、性犯罪歴がないことを国に照会し、確認することが義務付けられます。
これをクリアして初めて、そのスタッフは教室やグラウンドに立つことができます。もし確認を怠れば、認定の取り消しはもちろん、事業者名の公表などのペナルティを受ける可能性があります。
複雑すぎる!確認手続きのリアルな6ステップ
では、実際の確認はどのような手順で進むのでしょうか? あなたが学習塾の経営者で、新しいアルバイト講師(Aさん)を採用する場面をシミュレーションしてみましょう。
【これまでの採用】 面接 → 履歴書確認 → 即採用決定(翌日から授業OK)
【日本版DBS導入後の採用フロー(想定)】
- 説明と同意:Aさんに制度を説明し、「性犯罪歴の確認を行うこと」への書面同意を得る。
- システム申請:こども家庭庁の専用システムにログインし、Aさんの情報を入力・申請する。
- 本人への通知:システムからAさんのスマホ等に通知が届く。
- 本人の承認アクション:Aさんがマイナンバーカード等で本人確認を行い、システム上で承認ボタンを押す。(※本籍地情報などの追加入力が必要な場合もあり)
- 国による照会:こども家庭庁と法務省のデータベースが連携し、照会実行。
- 結果通知:事業者の元に「特定性犯罪前科なし(配置OK)」または「あり(配置NG)」の結果が届く。
いかがでしょうか? これまでの「即日採用」は不可能になります。 特に厄介なのは、ステップ4「本人の承認アクション」です。Aさんが「忙しいから後で」と承認を放置したり、操作ミスをしたりすれば、いつまで経っても結果が出ず、業務に就かせることができません。
最大の難所:「既存スタッフ全員」を1年以内に完了せよ
新規採用も大変ですが、認定取得直後の最大の山場は「現職者(今働いている人)」の確認です。
法律では、認定を受けた日から「1年以内」に、現職者全員の確認を完了させなければならないという経過措置が設けられる見込みです。あなたの組織には何人のスタッフがいますか? 5人? 20人? 全拠点で100人?
その全員に対して説明会を開き、同意を取り、システム入力を促し、進捗を追いかけ、結果を確認する。これを通常の授業や運営と並行してやり遂げる必要があります。
想定される現場のトラブル
- ベテラン講師の反発:「長年貢献してきた私を疑うのか!」という感情的な摩擦。
- 手続きの拒否:「過去の軽微な前科(性犯罪以外)」がバレるのを恐れて拒否するスタッフへの対応。
- ITリテラシーの壁:スマホ操作が苦手な高齢スタッフへのサポート工数。
これらを乗り越えるためには、単なる事務処理ではなく、「子供を守るために必要なことだ」と納得してもらうための丁寧な社内コミュニケーション(研修)が不可欠です。
「急に講師が辞めた!」即日補充はできません
現場で最も恐ろしいのが、「急な欠員」への対応です。
「講師が急病で辞めてしまった! 明日の授業に穴が空く!」
これまでは「急いで求人を出し、良さそうな人が来たら明日から入ってもらう」ことができました。しかし、DBS導入後はそれができません。どれだけ優秀な講師でも、確認結果(シロ)が出るまでは、子供の前に立たせることができないからです。結果が出るまでには、最短でも数日〜数週間はかかると予想されます。
法律には「緊急時の特例(いとま特例)」もありますが、これは災害時など極めて限定的な状況を想定したものであり、単なる「人手不足」で気軽に使えるものではないと考えるべきです。つまり、「ギリギリの人員配置」は経営リスクそのものになります。余裕を持った採用計画への転換が迫られます。
見えないコストは「手数料」より「人件費」
最後にコストの話です。国に払う確認手数料は、実費相当はかかるものと予想されます。
しかし、本当のコストはそこではありません。
「見えない事務コスト(人件費)」です。
- 制度を理解し、マニュアルを読む時間
- スタッフへの説明会を開催する時間
- 一人ひとりの申請状況を管理画面でチェックする時間
- 操作がわからないスタッフの横について教える時間
仮に、スタッフ1人の確認完了までに、管理者側でトータル3時間の工数がかかるとします。あなたの時給(経営者としての価値)が10,000円だとしたら、スタッフ1人あたり30,000円の見えないコストがかかっている計算になります。
スタッフが20人いれば60万円相当の工数です。
これを「自分ひとりでやる」と抱え込むことが、果たして経営として正解でしょうか?
まとめ:自社のリソースで完遂できるか?
今回のポイントを整理します。
- 犯歴確認は「事業者申請」+「本人承認」の双方のアクションが必要。
- 「今いるスタッフ全員」を1年以内に完了させるプロジェクトが発生する。
- 「明日から来て」という即日採用はできなくなる。
- 手数料以上に、管理者の「事務工数」が膨大になる。
この重い事務負担を、本業の教育活動と並行してミスなくこなす自信はありますか?
もし不安を感じるようであれば、「事務局機能のアウトソーシング」を検討するのも一つの戦略です。
我々行政書士は、認定申請のプロフェッショナルとして、面倒な申請手続きやスケジュール管理を代行し、経営者様が「教育」と「経営」に集中できる環境を作ります。「ウチの人数だと、どれくらい大変そう?」といったご相談からでも構いません。まずは現状をお聞かせください。
制度の解説だけでなく、私がなぜここまで日本版DBSに情熱を注いでいるのか、その「原点」と「決意」を綴りました。ぜひ一度お読みいただければ幸いです。

