「もしも」の時に、組織と子供を守れるか
日本版DBSの認定を取得するということは、子供たちの安全を守るための大きな一歩です。
しかし、経営者として避けて通れない現実的な課題があります。
それは、「もし、従業員に性犯罪歴が確認されたら、どう対応するのか?」 という問題です。
こども家庭庁への照会の結果、特定のスタッフに性犯罪歴があるとの通知(特定性犯罪事実該当者である旨の通知)が届いた場合、法律上、そのスタッフを子供と接する業務に就かせ続けることはできません。
では、具体的にどのような処遇にすべきなのか?
準備なしに対応しようとすると、思わぬ労働トラブルに発展する可能性があります。
今回は、日本版DBS導入にあたって経営者が直面する「人事・労務上の課題」と、トラブルを未然に防ぐために整えておくべき「社内ルールのポイント」について解説します。
※本記事は、一般的な法制度の概略を解説するものです。個別の労務トラブルや就業規則の作成・変更については、社会保険労務士や弁護士等の専門家と連携して対応する必要があります。
「子供と接する業務から外す」という法的義務
まず、日本版DBS法(こども性暴力防止法)のルールを確認しましょう。
性犯罪歴が確認された人について、事業者は以下の措置を講じることが義務付けられています。
「児童等対象業務(子供と接する業務)に従事させてはならない」
これは法律上の絶対的な義務です。 しかし、ここで実務上の大きな悩みが生まれます。
「子供と接する業務から外した後、そのスタッフには何の仕事をしてもらうのか?」
大手企業であれば、総務や経理、倉庫管理など、子供と接しない部署への「配置転換(異動)」が可能かもしれません。 しかし、小規模な学習塾やスポーツ教室ではどうでしょうか? 「子供に教える仕事」以外に、フルタイムの業務を用意することが難しいケースも多いはずです。
ここで、「配置転換できないから」といって、十分な検討なしに解雇等の処分を行えば、労働契約法上の問題(不当解雇等)が生じるリスクがあります。 子供を守るための制度導入が、結果として組織の存続を揺るがすトラブルになっては本末転倒です。
トラブルを防ぐための「就業規則」3つの見直しポイント
こうした事態に備えるためには、問題が起きてから慌てるのではなく、あらかじめ「就業規則(会社のルールブック)」を整備し、従業員と合意形成をしておくことが不可欠です。
日本版DBS認定事業者として、以下の3点について就業規則や雇用契約書を見直すことをお勧めします。
① 「重要な経歴の詐称」に関する規定
採用時に「性犯罪歴はない」と申告していたにもかかわらず、事後的に虚偽であることが判明した場合の対応についてです。 一般的に、採用判断に重大な影響を与える経歴の詐称は、懲戒事由の一つとなり得ます。就業規則において、どのようなケースが懲戒の対象となるかを明確にしておくことが重要です。
② 配置転換が困難な場合の対応規定
ここが最もデリケートな部分です。 子供と接する業務以外にポストがない小規模事業者の場合、「性犯罪歴が確認され、かつ、配置転換可能な業務がない場合」の取り扱いをどうするか、あらかじめ規定しておく必要があります。
例えば、「配置転換が困難な場合は、休職とする」あるいは「自然退職とする」「解雇の事由とする」などの規定が考えられますが、どの表現が適切かは、会社の規模や業態によって異なります。 「うちは子供と接する仕事しかない会社である」 という実態を就業規則や雇用契約書に反映させ、入社時に従業員に十分に説明し、納得してもらうプロセスが何より重要です。
③ 確認手続きへの協力義務
従業員が「DBSの確認手続き(国への照会)」を拒否した場合の対応です。 正当な理由なく手続きを拒否されれば、事業者は確認義務を果たせず、結果としてそのスタッフを業務に就かせることができなくなります。
業務に支障が出ることを防ぐため、就業規則等に「従業員は、会社が行う犯罪事実確認の手続きに協力しなければならない」という協力義務を明記しておくことが望ましいでしょう。
「入り口」での対策:採用時の誓約書
就業規則の整備と並行して、採用時のスクリーニングも重要です。 面接や内定の段階で、以下の内容を含む「誓約書」や「同意書」を取得することをお勧めします。
- 日本版DBSの確認手続きに同意すること
- 過去に特定性犯罪歴がないことの申告
- 申告に虚偽があった場合、内定取消や解雇等の処分を受ける可能性があることへの了承
これを提示することで、求職者に対して「当教室はコンプライアンスを重視している」という姿勢を示すことができます。 結果として、リスクのある人材が応募を辞退するなど、未然にトラブルを防ぐ効果も期待できます。
プライバシー情報の管理と「噂」のリスク
人事対応でもう一つ注意すべきなのが、「情報の管理」です。
「あの先生、実は性犯罪歴があったらしいよ」といった噂が社内や保護者の間で広まることは、絶対にあってはなりません。
犯歴情報は、極めて機微な個人情報です。 たとえ事実であったとしても、その情報を第三者に漏らすことは、プライバシー侵害として損害賠償請求の対象になるだけでなく、日本版DBS法の規定により「認定の取り消し」事由にもなります。
「なぜA先生は辞めたんですか?」
保護者や同僚からそう聞かれた際、どのように答えるのか。 情報管理責任者だけが事実を知り、他のスタッフにはどう説明するのか。こうした運用ルールも、事前に決めておく必要があります。
まとめ:専門家と連携した「ルール作り」を
今回は、日本版DBS導入に伴う人事・労務の課題について解説しました。
今日のポイント
- 法律上、犯歴のあるスタッフは子供と接する業務に就かせられない。
- 配置転換が難しい場合のルールを、就業規則で定めておく必要がある。
- 採用時の「誓約書」で、お互いの認識を合わせておくことが重要。
- 労務対応は、個別の事情によって判断が異なるため、慎重な対応が必要。
認定申請にあたっては、国に対して「児童対象性暴力等対処規程」などの書類を提出する必要があります。これらの書類作成は、まさに会社のルール作りそのものです。
行政書士は、認定申請のプロフェッショナルとして、全体のスケジューリングや書類作成をサポートします。また、就業規則の改定や具体的な労務トラブルの予防については、提携する社会保険労務士や弁護士と連携し、ワンストップで貴社の体制整備を支援します。
不安な点は、自己判断せずに専門家へご相談ください。
次回は「【情報管理】そのファイル、どこに保存していますか? 厳格な『情報管理規程』の構築と運用」。
国から受け取った重要データを守るための、具体的な管理体制について解説します。
制度の解説だけでなく、私がなぜここまで日本版DBSに情熱を注いでいるのか、その「原点」と「決意」を綴りました。ぜひ一度お読みいただければ幸いです。

