前回の記事では、認定を取得することで得られる「信頼」や「採用力」といったメリットについてお話ししました。「それならすぐに申請しよう!」と意気込んだ方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、行政書士という立場である私は、事業者様が判断するためにはデメリットについても包み隠さずにお伝えする必要だと考えていますので、以下解説をさせていただきます。
日本版DBSの認定を受けるということは、国に対して「重い責任」を約束することと同義です。
「とりあえず取っておこう」という軽い気持ちで申請すると、事務負担の重さに後悔したり、最悪の場合、労働トラブルで訴えられたりする可能性があります。
今回は、メリットの裏側にある「認定事業者が背負う3つのコストと法的リスク」について、包み隠さず解説します。
この記事で分かること
- 申請手数料だけではない「見えない事務コスト」
- 金融機関並みに求められる「厳格な情報管理義務」
- 犯歴が見つかったときの「解雇・配置転換」の難しさ
- 認定取消し=「廃業危機」というペナルティの重さ
結論
認定を維持するには「金銭的コスト」以上に「運用の手間」と「法的リスク」がかかります。
「単にシステムで犯歴を確認すれば終わり」ではありません。社内規程を作り、研修を行い、厳重に情報を管理し、万が一の時は従業員と対峙する覚悟が必要です。これらを「コスト」として許容できる事業者だけが、認定を申請すべきです。
コスト①:事務的・金銭的負担
まず、目に見えるコストと手間です。
申請手数料と専門家への費用
認定申請を行う際、国に対して1事業あたり3万円程度の実費手数料がかかる見込みです。
また、複雑な書類作成を行政書士などの専門家に依頼する場合は、数万円から数十万円の報酬が別途必要になります。
「規程作成」というハードル
申請するにあたり、「児童対象性暴力等対処規程」や「情報管理規程」といった社内ルールの策定が義務付けられています。これらは「ネットのひな型をコピペして終わり」というわけにはいきません。自社の実態に合わせて作り込まないと、実際の運用で破綻します。
コスト②:極めて厳格な「情報管理義務」
ここが見落とされがちですが、実務上、最も神経を使う部分です。
金融機関並みのセキュリティ
性犯罪歴(犯歴情報)は、個人情報の中でも極めて扱いが難しい「要配慮個人情報」よりもさらに機微な情報です。そのため、情報漏えいは絶対に許されません。
- 閲覧者の限定: 誰でも見られる状態はNGです。
- 物理的管理: パソコンのワイヤーロック、施錠管理などが求められます。
万が一、情報を漏えいさせたり目的外に使用したりした場合、認定の取消しだけでなく、刑事罰の対象になる可能性もあります。「うっかり置き忘れた」では済まされない重圧が、管理者にのしかかります。
リスク③:最大の懸念「雇用管理」と「認定取消」
経営者が最も恐れるべきは、「実際に犯歴が見つかった時」と「ルールを破った時」の対応です。
「犯歴あり=即解雇」はできない
もしスタッフに性犯罪歴が見つかった場合、「こどもと接する業務」に就かせることはできないと法律で定められています。日本の労働法では「即解雇」は非常にハードルが高いのが現実です。 事業者は、解雇ではなく「こどもと接しない業務(事務や清掃など)への配置転換」を検討する努力義務を負います。小さな教室で、そのようなポストを用意できるでしょうか? ここで対応を誤ると、不当解雇で訴えられるリスクがあります。
認定取消しという厳しい処置
もし安全管理措置を怠るなどの違反があれば、国から「認定の取消し」処分を受ける可能性があります。 認定が取り消されると、その事実(事業者名や違反内容)が公表されます。教育事業者にとって「国から認定を取り消された」という事実は、社会的信用の失墜=廃業に近いダメージとなります。
行政書士の視点
脅すようなことばかり書きましたが、これらは「準備さえしていれば防げるリスク」と考えることができます。
- 情報管理: 最初からルールを決め、それに従って運用すれば、情報漏えいは防げます。
- 雇用トラブル: 採用時の誓約書や就業規則で「配置転換」や「解雇事由」を明確にしておけば、法的リスクは最小化できます。
認定を取ることで得られるメリット(信頼・ブランド)は巨大です。
だからこそ、その対価としての「責任」を直視し、今のうちから準備を進める事業者だけが、勝ち残れる仕組みになっているのです。
よくある質問
Q. 従業員が犯歴確認に同意しない場合はどうなりますか?
A. 本人の同意なしに確認手続きを進めることはできません。同意しない場合、その従業員を「こどもと接する業務」に従事させることはできません。結果として、配置転換などの対応が必要になります。「なぜ同意が必要なのか」を丁寧に説明し、納得を得るプロセスが重要です。
Q. 対応が間に合わない場合はどうなりますか?
A. 特例措置がありますが、業務制限はかかります。やむを得ない事情がある場合、事後確認を認める「いとま特例」などがありますが、基本的には施行前からの準備が推奨されます。準備不足のまま見切り発車すると、現場が混乱し、かえって信頼を損なう恐れがあります。
Q. 小さな個人塾(指導者3名以上)でもそこまで厳格にする必要がありますか?
A. 規模に関わらず、義務の内容は同じです。認定を受けた以上、大手でも個人でも求められる情報管理や安全措置のレベルは変わりません。こどもや保護者から見れば、事業規模に関係なく「安全」は等しく守られるべきものだからです。
次に取るべき行動
2回に渡り、メリットとデメリットの両面を見てきました。
「リスクはあるが、やはり認定は取りたい」と決断された事業者様。素晴らしいご決断です。
では、そのリスクを最小化するために、申請の「前」に必ずやっておくべきことがあります。
次回以降、詳しく解説していきます。
本記事で解説した内容は、現行の「学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律」(法令)、およびこども家庭庁が公表している情報(2025年12月上旬時点)に基づき構成しています。
現時点で明確になっている骨格情報に基づき解説していますが、制度の詳細、具体的な申請手順、情報管理措置の細目、および雇用管理上の詳細な留意点等については、今後策定される予定の内閣府令等の下位法令やガイドライン、そして年明けから本格化する全国説明会などの周知資料において明確化されることになります。
最新かつ詳細な情報については、必ずこども家庭庁のウェブサイトや今後公表される正式なガイドライン等をご確認ください
