来年2026年12月25日に施行が予定されている「学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律」(以下、「こども性暴力防止法」または「日本版DBS」)。 本法の施行を見据え、2025年末現在、全国の大学・短期大学等の高等教育機関において、入学志願者に向けた重要な周知が一斉に開始されています。
背景にあるのは、2025年11月4日にこども家庭庁および文部科学省から発出された通知です。これにより、教員養成や保育士養成を行う大学等は、実習生に対する性犯罪歴確認(犯罪事実確認)の可能性と、それに伴う「卒業不可」のリスクについて、事前告知を行う必要に迫られました。
本記事では、こども家庭庁からの通知内容を紐解きつつ、北海道教育大学や岡山大学等の実際の公表事例をもとに、日本版DBSが教育現場に与える影響と法的留意点について専門家の視点から解説します。
こども家庭庁・文科省からの通知内容(令和7年11月4日)
こども家庭庁と文部科学省は、各都道府県や大学長宛に「『学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律』の施行を見据えた令和8年度以降に入学する学生への対応等に関する留意事項について(依頼)」という通知を出しました。
この通知の核心は、「実習生であっても日本版DBSの対象となり得る」という点と、「入学前のアナウンス」の徹底です。
実習生への適用基準
通知によれば、実習生に対する犯罪事実確認(性犯罪歴チェック)の要否は、以下の基準で判断されます。
- 確認が求められる場合
実習計画において、子供と一対一になることが予定されている場合や、実習期間が長期にわたり、実習生が子供に対して「支配性、継続性及び閉鎖性」を有すると判断される場合。 - 確認が求められない場合
原則として一対一にさせないことが計画され、かつ指導教員等の監督下で接することが担保されている場合。
しかし、実習の現場において「絶対に一対一にならない」と断言できるケースは限られます。最終的な判断権限は実習の受け入れ先(学校設置者や保育事業者)にあるため、通知でも「全ての実習生に犯罪事実確認が求められる可能性があります」と注意書きがなされています。
大学等に求められる対応
上記のリスクを踏まえ、通知では大学側に対し、令和8年度(2026年度)以降の入学者へ以下の3点を周知するよう求めています。
- 実習前の確認実施
法施行後、実習前に犯罪事実確認が行われる可能性があること。 - 実習不可の可能性
特定性犯罪前科が確認された場合、子供と接する実習はできないこと - 資格取得・卒業への影響
実習ができない結果、免許・資格が取得できず、卒業要件を満たせない可能性があること。
さらに、入学予定者から「同意書」および「誓約書(特定性犯罪前科がない旨)」を取得することも推奨されています
各大学における対応事例と公表内容
この通知を受け、各大学は2025年12月頃より、Webサイトの入試情報ページ等で具体的な対応方針を公表し始めました。いくつかの特徴的な事例を見てみましょう。
事例①:北海道教育大学(明確なリスク提示と誓約書の取得)
北海道教育大学は、公式Webサイトの「重要なお知らせ」において、2026年度以降の入学希望者に向けた詳細な情報を公開しています。 同大学は、教員養成課程などにおいて教育実習が卒業必須科目であることを前提に、以下の点を明記しています。
- 卒業要件への影響
「学校等における実習及び児童等と接する諸活動を行うことができない場合、卒業・修了要件を満たすことができず、卒業・修了できない可能性があります」。- 手続きの義務化
入学手続きの際に「同意書」及び「誓約書」の提出を求めるとともに、実習参加前にも改めて誓約を求める方針を示しています。
事例②:岡山大学(「卒業できません」との強い警告)
岡山大学もまた、非常に明確な表現で注意喚起を行っています。 入試情報ページにおいて、「教育学部においては、教育実習等の単位が卒業に必須となっているため、卒業要件を満たすことができず、卒業できません」と断定的な表現を用いて、出願前にこのリスクを十分に理解するよう求めています。
事例③:私立大学・短期大学の対応(天理大学、活水女子大学など)
私立大学においても対応は迅速です。
天理大学では、教育実習等の実習を行う蓋然性が高くなった段階で同意書・誓約書を提出させる旨を通知しています。
活水女子大学や長崎国際大学、西日本短期大学なども同様に、実習不可による免許取得・卒業への影響について警告を発しており、大学の種別を問わず、日本版DBS対応が喫緊の課題となっていることが伺えます。
専門家としての見解と法的課題
今回の各大学の対応は、教育機関としての「安全配慮義務」と、学生に対する「説明義務(契約上の信義則)」の両面から見て、極めて妥当かつ必要な措置と言えます。
「学ぶ権利」と「子供の安全」の衡量
日本版DBSの導入により、性犯罪歴のある者が教職課程等を履修しても、出口(免許取得・就職)が閉ざされるだけでなく、過程(実習・卒業)すら完了できない構造が法的にも明確化されました。 これは憲法上の「教育を受ける権利」や「職業選択の自由」との兼ね合いで議論になる部分ですが、法第6条に基づく「児童対象性暴力等の防止措置」が優先されるという立法趣旨が、大学の運用によって実質化された形です。
「同意書・誓約書」の法的意味
大学が入学時に求める「誓約書」は、万が一入学後に前科が発覚し、実習に行けず退学せざるを得なくなった場合、大学側の債務不履行責任(教育サービスを提供できなかった責任)を回避するための重要な証拠となります。 「入学前にリスクを説明し、本人も前科がないことを誓約して入学した」という事実があれば、大学側は予見可能性の観点から免責される可能性が高まります。 こども家庭庁の通知でも、同意書・誓約書のひな型が提供されており、大学側はこの防衛策を講じることがスタンダードになるでしょう。
対象となる「特定性犯罪」の範囲
留意すべきは、対象となる「特定性犯罪」の定義です。 刑法犯(不同意わいせつ等)だけでなく、都道府県の条例違反(痴漢、盗撮など)も含まれます。 また、前科の照会期間も「拘禁刑終了後20年」「罰金刑終了後10年」と長期間に設定されています。 学生自身が「軽い気持ちでの条例違反なら大丈夫だろう」と誤認しているケースも想定されるため、大学側はガイダンス等で詳細な定義を周知する必要があります。
実習受け入れ先(事業者)の負担と判断
通知では、確認の要否を「最終的に判断するのは実習施設」としています。 これにより、実習受け入れ先となる学校や保育園は、実習生受け入れのたびに「この実習は支配性・継続性・閉鎖性があるか」を判断し、必要ならこども家庭庁へ照会をかけるという事務負担を負うことになります。 リスク回避のため、事業者が「実習生全員に確認を求める」という運用(オールチェック)が一般的になる可能性が高く、大学側はその前提で学生指導を行うべきでしょう。
おわりに
2026年の施行に向け、教育現場は大きく変わり始めています。 今回の通知と各大学の対応は、日本版DBSが単なる「就職時のチェック」にとどまらず、「教育・保育者を志す段階からの適性確認」へと踏み込んだことを意味しています。
大学関係者の皆様におかれては、引き続きこども家庭庁等の最新情報を注視し、学内規程の整備や学生への丁寧な説明を継続することが求められます。また、保護者や受験生の皆様も、この制度が子供たちの未来を守るための重要な盾であることを理解し、適切な進路選択を行う必要があります。
当事務所では、教育機関における日本版DBS対応や、関連する規程整備、リスクマネジメントに関するご相談を承っております。ご不安な点がありましたら、お気軽にお問い合わせください。
