未払いは「珍しいこと」ではありません
「納品したのに、2ヶ月経っても入金がない。」
「追加作業を頼まれたのに、金額は最初のまま――。」
フリーランスとして働いていると、こうした“報酬まわりのトラブル”に出会うことは決して珍しくありません。
実際、政府の調査でも約4割のフリーランスが取引トラブルを経験しており、
その多くが「報酬の支払い」や「業務範囲の不明確さ」に関係しています。
つまり、未払いは“運が悪かった”という話ではなく、
仕組みで防げるトラブルなのです。
裏を返せば、契約書の設計をしっかり行えば、
多くの問題は起こる前に止めることができるということでもあります。
今回の記事では、行政書士としての経験と企業法務の視点から、
フリーランスが安心して働くために「必ず入れておきたい5つの条項」を、
実例を交えながら具体的に解説していきます。
前提:未払いが起きる3つの根本原因
原因① 契約内容があいまい
「業務範囲」「成果物」「軽微な修正」などの定義がないまま契約してしまうと、納品後に「それは契約外ですよね」と言われやすくなります。
原因② 力関係の不均衡
発注者の立場が強く、「支払いを先にしてほしい」と言いづらい構造になっているケースです。
一見円満でも、支払いが後回しにされやすいリスクがあります。
原因③ 資金繰りや内部事情
悪意ではなく、資金難や社内承認の遅れ、倒産などによって支払いが滞ることもあります。
検収期限・支払期日・前払いや分割などを決めておかないと、発注者側の経営事情に左右されてしまいます。
契約書は「相手を疑うための書類」ではありません。
お互いが安心して仕事を進めるための共通ルールブックです。
このルールを明確にしておくことこそが、未払いを防ぐ最も確実な方法なのです。
基本編:必ず入れなければならない5条項
① 「報酬額と計算方法」を明確化(追加・軽微の線引きまで)
「だいたいこのくらい」は通用しません。
金額・税込/税別・追加作業の扱いまで数値で明示します(インボイス制度環境では税込/税別の明記は必須)。
よくある3形態の明確化例
| ケース | 曖昧な表現 | 明確な表現 |
|---|---|---|
| 固定報酬型 | 「報酬:30万円」 | 「報酬は金30万円(消費税別)。修正は2回まで無償、3回目以降は1回3万円。」 |
| 時間単価型 | 「時給5千円」 | 「時間単価5,000円(税別)。30分単位切上げ。毎月末に稼働報告提出。」 |
| 成果報酬型 | 「売上の10%」 | 「成果報酬=返品・キャンセル控除後売上の10%。月末締/翌15日支払(明細添付)。」 |
条項例(追加作業)
当初の業務範囲を超える作業は、別途見積を提出し、承認後に着手する。
実務ワンポイント
- 「報酬:30万円」という表記では、税込/税別でトラブルとなり得ます→「(消費税別)」と明記。
- 「軽微な修正」の上限・回数を文字数・画面数・時間で定義すると強い。
② 支払期日と支払方法を“数式のように”明確にする
報酬トラブルで最も多いのが、「支払時期があいまい」というケースです。
「納品後に支払います」とだけ書かれていると、“納品後いつなのか”の解釈が人によって変わってしまい、請求の根拠が弱くなります。
だからこそ、契約書では次の項目は明確に固定しておくことが重要です。
✅ 支払期日
✅ 支払方法
✅ 手数料の負担
✅ 前払い・分割払いの有無
代表的な書き方の3パターン
検収完了後払い型
検収完了後●日以内に、指定の銀行口座へ振込。
振込手数料は発注者(甲)の負担とする。
(例)検収完了月の翌月末日までに支払い。
月末締め・翌月払い型
当月末までに完了した業務分について、翌月末日までに支払う。
継続的な契約でよく使われる形式です。
納品時即払い型
納品と同時に全額を銀行振込により支払う。
単発の案件や短期業務に適しています。
下請法のポイント(知っておきたい基準)
発注者が一定規模の企業で、あなたが下請法上の「下請事業者」に該当する場合、
法律で「成果物の受領から60日以内に支払う義務」が定められています。
よくある「検査中だからまだ支払えない」という言い訳は、法的には支払遅延の理由にはなりません。
(※中小企業庁「下請代金支払遅延等防止法」より)
前払い・分割払いの考え方
業務が長期にわたる場合や、作業負担が大きい場合は、着手金・中間金・納品時支払いなどに分けると安心です。
- 着手時:30%
- 中間報告時:40%
- 納品完了時:30%
このように分割しておくと、キャッシュフローが安定し、一方的なリスクを避けられます。
③ 検収ルールを決めておく——「確認中が終わらない」を防ぐ仕組み
納品したあとに「社内で確認中なので、もう少し待ってください」と言われ、
報酬の支払いがずるずる遅れる……そんな経験はありませんか?
この“終わらない確認期間”を防ぐために大切なのが、検収(けんしゅう)ルールを契約で明確にしておくことです。
検収とは、納品物を確認してOKかどうかを判断する手続きのこと。
この検収が終わって「合格」になった時点で、初めて報酬の支払い義務が確定します。
そのため、契約書では必ず、
- 検収の期限(いつまでに確認するか)
- 検収の基準(どの状態ならOKとするか)
- みなし検収(期限までに連絡がなければ自動的にOKとみなす)
この3点をセットで決めておくのがポイントです。
条文イメージ(例)
- 受注者(乙)は業務が完了したら、速やかに成果物を納品し、検収を依頼する。
- 発注者(甲)は、納品日から●営業日以内に合否を連絡する。
- 期間内に合否の通知がない場合は、納品物は合格とみなす(みなし検収)。
- 不合格の場合は、具体的な修正点を文書で通知し、乙は速やかに対応する。
この「みなし検収」を入れておくだけで、
「社内確認が終わらないので支払いが保留に…」という無限確認ループを防ぐことができます。
実際に、システム開発などの業界ではこの考え方が裁判例でも定着しており、トラブルを防ぐ現実的な仕組みとして広く使われています。
業種別・検収基準の例
| 業種 | 検収基準の例 |
|---|---|
| Webデザイン | 依頼書の要件を満たしたデザイン案を納品した時点で検収完了 |
| ライティング | 指定キーワードを含み、誤字脱字のない原稿を納品した時点で検収完了 |
| システム開発 | 仕様書どおりに機能が動作し、重大な不具合がないこと |
| コンサルティング | 最終報告書を提出した時点で検収完了とする |
④ 「遅延損害金」で“心理的な抑止”をかける
法定利率は現行年3%(変動制)ですが、契約で上乗せ設定が可能。
条項例
甲が支払期日までに支払わない場合、翌日から完済まで、未払額に年●%の遅延損害金を支払う。
参考:年14.6%とする実務運用も散見され、裁判例・学説上も直ちに違法とはされにくいとの解説がありますが、B2C・消費者契約では適用法の制約に注意。
契約を解除するときに欠かせないステップ
契約で決めた期日を過ぎても相手が履行しない場合は、まず「●日以内に対応してください」と正式に伝える必要があります。
それでも相手が動かないときに、はじめて契約を解除したり、損害賠償を求めたりできるという流れになります。
⑤ 契約解除と報酬の守り方――「出来高払い」を確保する
支払いが滞ったり、契約違反が続いたりした場合に備えて、
「どんなときに契約を終わらせるか」
「その後の報酬をどう扱うか」
を、契約書でしっかり決めておくことが大切です。
まず、重大な違反や支払いの遅れ、相手方の倒産などがあった場合には、「事前の催促なしで契約を解除できる」という条項を設けておくと安心です。
そして、解除になったとしても、それまでに実際に行った仕事の分については、「出来高払い」として報酬を請求できることを明記しておきましょう。これがないと、途中まで誠実に働いた分まで無報酬になるリスクがあります。
さらに、損害賠償については、
「直接的な損害に限る」
「上限は契約全体の報酬額まで」
などの形で範囲を決めておくと、万一のトラブル時にも過大な請求を防ぎ、リスクをコントロールできます。
応用編:入れておくと安心な+α条項
基本的な契約内容が整ったら、さらに一歩進めて、トラブル防止や信頼性アップにつながる“安心条項”を加えておくのがおすすめです。
以下は、実務でもよく使われる5つの+α条項です。
① 機密保持(NDA)——大切な情報を守るために
業務で知り得たクライアントの情報を、第三者に漏らさないことを約束する条項です。
「うっかりSNSで内容を話してしまった」などのトラブルを防ぎ、情報漏洩による損害賠償リスクを抑えられます。
② 著作権の帰属——未払い時の“安全装置”として
納品物の著作権を、報酬が支払われた時点で譲渡すると定めておくことで、支払いが完了するまでは権利を自分が持ち続けることができます。万が一、報酬未払いになった場合の“担保”として機能します。
③ 反社会的勢力の排除——信頼取引の基本ルール
企業間契約では定番の項目です。
「相手が反社会的勢力でないこと」を互いに確認し、該当が判明した場合には即時に契約を解除できるようにします。信頼できる取引関係を築くための最低限の安全策です。
④ 合意管轄——もし裁判になったときに備える
万が一トラブルが訴訟に発展した場合、どの裁判所で手続きを行うかを「合意管轄」としてあらかじめ定めておきます。フリーランスの場合は、自分の住所地の裁判所を指定しておくのが一般的です。遠方の裁判所に呼び出されるリスクを防げます。
ケーススタディ:実務でよくある3つのトラブルと予防策
フリーランスとして仕事を受けていると、「きちんと納品したのに支払いが遅れる」「思っていた内容と違うと言われる」など、思わぬトラブルに巻き込まれることがあります。
ここでは、受注者の立場から見た実務で多い3つのケースと、その防ぎ方を紹介します。
事例① 「それは契約外では?」——業務範囲の解釈違い
Webサイト制作を請け負ったときのこと。
発注者は「スマホでも当然見られるようにしてほしい」と思っていたものの、
受注者としては仕様書に指定がなかったため「スマホ対応(レスポンシブ化)は別料金の追加作業」と認識していました。
しかし、納品後に「スマホで崩れている」「対応していないのは不備では?」と言われてしまい、
報酬の支払いが保留になるというケースがよくあります。
原因は、業務範囲の定義を契約書や仕様書で明確にしていなかったこと。
お互いに悪気がなくても、「当然含まれていると思っていた」「別料金のつもりだった」とすれ違うのです。
- 「どこまでが基本作業で、どこからが追加作業か」を契約書や見積書に明記する
- 仕様書を添付して、納品範囲を客観的に確認できるようにする
- 打合せ内容はメールやチャットで残しておく(口頭だけで終わらせない)
こうした「業務範囲の見える化」ができていれば、
後から「それは契約外ですよね?」と指摘する必要もなく、
お互いが気持ちよく取引を終えられます。
事例② 「いつまで“確認中”なの?」——検収期限の設定忘れ
納品してから何週間も「社内確認中です」と言われ、支払いが先延ばしになるケースも少なくありません。
検収(けんしゅう)とは、納品物を確認してOKとする手続きのこと。
ここで合格が出て初めて、報酬の支払い義務が確定します。
- 契約書に「納品後7〜10営業日以内に検収を行う」と期限を記載
- 「期限までに連絡がなければ合格とみなす(みなし検収)」と定める
この2点を入れておくだけで、「確認中で保留」という曖昧な状態を防ぎ、支払いのタイミングを固定できます。
事例③ 「発注先が倒産して支払いが止まった」——前払いと信用確認の大切さ
納品まで完了したのに、発注先が倒産してしまい、報酬が受け取れない。
フリーランスにとって最も深刻なトラブルのひとつです。
- 契約時に着手金(30%)+中間金(40%)+納品時残額(30%)などの分割払いを提案
- 初回取引の相手は、登記簿や会社情報サイトなどで簡易的な信用調査を行う
- 納品物の著作権は「報酬の支払い完了後に譲渡」としておく(未払い時の担保にもなる)
前払い・中間払いを入れておくことで、「全額未回収」という最悪のリスクを避けられます。
まとめ:契約書は「攻める武器」ではなく「守る盾」
本稿の5つの必須条項――
①報酬額・計算方法
②支払期日・方法
③検収基準・みなし検収
④遅延損害金
⑤解除・損害賠償
を入れるだけで、未払いリスクは大きく下がります。
契約書は相手を疑うためではなく、良い仕事を続けるための共通ルール。次の案件から、ぜひ実装してください。
「今の契約書、ここが不安」「相手から提示された条項が不利かも」——行政書士が実務前提でレビューします。
