先日、部活動の外部コーチから13歳当時より長期間にわたり性被害を受けていた女性の告発が報じられました。被害者は「指導という名目で追い詰められ、拒否できなかった」と語っています。

このように、教師やコーチといった「信頼すべき大人」が、その立場を悪用して子供を支配し、性暴力に及ぶ事件が後を絶ちません。なぜ子供たちは被害を訴えることができないのでしょうか?
本記事では、被害者を心理的に手なずける「性的グルーミング」の手口と、それを防ぐための国の新たな対策である「こども性暴力防止法(日本版DBS)」および「刑法改正」について解説します。
逃げ場を奪う心理操作「性的グルーミング」とは
被害者が「拒否できない」状態に追い込まれる背景には、「性的グルーミング(Sexual Grooming)」と呼ばれる、計画的な心理操作が存在します。
性的グルーミングの定義
性的グルーミングとは、加害者が性的な虐待や搾取を行うことを目的として、子供に徐々に近づき、警戒心を解いて自分を信用させ、心理的に手なずける一連のプロセスを指します。これは単発の行為ではなく、性的な接触を容易にし、かつ発覚を防ぐために用いられる「欺瞞的なプロセス」です。
信頼構築と孤立化のプロセス
加害者は最初から暴力を振るうわけではありません。
以下のような段階を経て、子供を支配下に置きます。
- ターゲットの選定
自信がない、孤独感を抱えている、家庭に不和があるといった「脆弱性」を持つ子供を狙います。 - 信頼の構築
相談に乗る、プレゼントをあげる、特別扱いをするなどして「良き理解者」の地位を確立します。これを「信頼の悪用」といいます。 - 秘密の共有と孤立化
「二人だけの秘密」を作ることで、親や友人から心理的に切り離し、加害者だけに依存させます。 - 脱感作(だつかんさ)
最初はマッサージやスキンシップなど軽い接触から始め、徐々に性的な行為への抵抗感を麻痺させていきます。
加害者の自己正当化(セルフ・グルーミング)
加害者は、「これは指導の一環だ」「愛し合っている」「子供も望んでいる」といった「思考の誤り(認知の歪み)」を持ち、自らの行為を正当化します。これにより罪悪感を持たず、犯行が長期化・常習化する傾向があります。
「こども性暴力防止法」現場のルールはどう変わるか
このような被害を防ぐため、令和6年6月に「こども性暴力防止法(学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律)」が成立しました。また、これに伴う「横断指針」では、具体的な防止策が示されています。
「日本版DBS」による再犯防止
新法では、学校や認可保育所などが職員を採用する際、性犯罪歴がないかを確認する仕組み(日本版DBS)が導入されます。これにより、過去に性犯罪を起こした者が、再び子供と接する業務に就くことを防ぎます。
「密室」と「私的交流」の禁止
コーチと生徒のような関係性を悪用した犯罪を防ぐため、事業者は以下のような「不適切な行為」を禁止するルール(服務規律)の整備が求められています。
- 密室の回避
用務がないのに別室に呼び出す、密室で2人きりになることを避ける。 - 私的なやり取りの禁止
業務外でSNSやメールのやり取りをすること、個人的な連絡先を交換することを禁止する。 - 私的接触の禁止
業務外で子供と会う、車に同乗させるといった行為を禁止する。
刑法改正:グルーミング罪の新設
2023年の刑法改正により、以下の点が変更されました。
- 不同意性交等罪
暴行や脅迫がなくても、地位に基づく影響力(コーチと生徒など)を利用して性行為に及んだ場合は処罰されます。 - 性交同意年齢の引き上げ
13歳から16歳に引き上げられました。16歳未満の子供に対しては、同意があったように見えても、加害者が5歳以上年長であれば処罰対象となります。 - 面会要求等罪(グルーミング罪)
わいせつ目的で16歳未満の子供に面会を要求したり、手なずけたりする行為自体が処罰の対象となりました。
周囲の大人が気づくためのサイン
グルーミングを受けている子供は、「特別な関係」を守ろうとしたり、脅されたりして、自ら被害を訴えることができません。周囲の大人が以下のサインに気づくことが重要です。
- 身体・行動の変化
原因不明の腹痛や頭痛、おねしょ(夜尿)、食欲不振、睡眠障害など。 - 情緒の変化
急に反抗的になる(退行)、無気力、情緒不安定、自傷行為など。 - 性的な変化
年齢不相応な性的な言葉や知識、性的な遊びが見られる。 - 特定の大人との関係
特定の指導者と過度に親密である、二人きりの時間が長い、高価なプレゼントをもらっているなど。
まとめ:社会全体で子供を守るために
部活のコーチや教師という「信頼すべき大人」からの性被害は、子供の心に生涯消えない傷(トラウマ)を残します。
法整備は進んでいますが、法律だけで全てを防げるわけではありません。学校やスポーツクラブ等の現場が「密室を作らない」「私的な連絡をさせない」といったルールを徹底し、私たち大人が「子供と大人の不自然な距離感」に違和感を持つことが、グルーミングの抑止力となります。
もし、お子様の様子がおかしいと感じたり、被害の疑いがある場合は、迷わず専門機関へ相談してください。
