前回(第9回)のコラムでは、認定取得の必須要件である「施設・事業所環境の整備」について解説しました。死角をなくすためのレイアウト変更や、密室での1対1を回避するための物理的・運用的な工夫について、現場ですぐに実践できる対策をお伝えしました。

さて、ここまでの連載で、規程を作り、研修を計画し、教室の環境も整えました。
いよいよ認定申請へ……と気持ちがはやる時期かと思います。
しかし、ここで多くの経営者様が直面する、「壁」があります。
それが、すべての手続きの入り口となる「オンライン申請システム」の準備です。
日本版DBS(こども性暴力防止法)の手続きは、原則としてすべてデジタルで完結させることが基本となります。「パソコンは苦手だから紙でやりたい」という要望は、正当な理由がない限り通りません。今回は、申請の必須パスポートとなる「GビズID」の取得と、システム利用に向けた権限設定の落とし穴について、専門家の視点で詳しく解説します。
なぜ「原則としてデジタル」なのか?
これまでの行政手続きといえば、役所の窓口への持参や郵送が一般的でした。しかし、日本版DBSにおいては、申請から認定、そして毎年の定期報告に至るまで、原則として「こども性暴力防止法関連システム」を通じて行います。
実は、認定を取得するに当たって、法律上は「書面(紙)」での申請も完全に排除されているわけではありません。しかし、その手数料は電子申請が3万円であるのに対し、書面申請は3万1,500円と割高に設定されています。
さらに、紙での申請が認められるのは「災害やシステム障害などで、どうしてもオンライン申請ができない場合」などの例外的なケースに限られる建付けとなっています。
なぜ、ここまでデジタル化が徹底されているのでしょうか。
最大の理由は、取り扱う情報の「機微性(センシティブさ)」にあります。この制度では、個人の「性犯罪歴」という、極めてプライバシー性の高い情報を扱います。紙の書類が郵送事故で紛失したり、FAXが誤送信されたりすることは、絶対にあってはならないのです。
最初の関門「GビズID」を取得せよ
システムを利用するために、事業者側で必ず用意しなければならないのが「GビズID」です。
これは、一つのIDとパスワードで様々な行政サービスにログインできる、法人・個人事業主向けの共通認証システムです。
すでに「社会保険の手続き」や「補助金申請」などで取得済みの事業者様もいらっしゃるかもしれません。IDを持っているかわからない場合は、公式サイトの「セルフ解決サービス」で確認することができます。
日本版DBSの申請には、GビズIDの中でも最も信頼性の高い「GビズIDプライム」アカウントが必要になります。取得方法は、大きく分けて以下の2通りがあります。
- 方法① オンライン申請(最短即日発行)
代表者(法人の場合は代表取締役等、個人事業主の場合は事業主本人)の「マイナンバーカード」と「スマートフォン(GビズIDアプリ)」を使用する方法です。この方法であれば、書類の郵送や印鑑証明書は不要で、最短即日でアカウントが発行されます。デジタル完結を目指す本制度においては、最も推奨されるルートです。 - 方法② 書類郵送申請(所要期間:約1週間)
マイナンバーカードを使用しない場合は、申請書と印鑑証明書を郵送して審査を受けます。ここで、法人と個人事業主で必要な書類が異なりますのでご注意ください。
◦ 法人の場合:法務局が発行した「印鑑証明書(代表者印)」(発行3ヶ月以内の原本)が必要です。
◦ 個人事業主の場合:市区町村が発行した「印鑑登録証明書(実印)」(発行3ヶ月以内の原本)が必要です。 - また、申請時の入力項目も異なります。法人は13桁の「法人番号」を入力しますが、個人事業主は「屋号」などを入力します。郵送申請は審査完了までに1週間程度の時間がかかります。書類不備などがあるとさらに時間がかかるため、余裕を持ったスケジュールが必要です。
「マイナンバーカードを持っていない」「読み取りに対応したスマホがない」という場合は郵送申請を選ぶことになります。日本版DBSの申請開始直前には申し込みが殺到することが予想されます。 ご自身の事業形態に合わせた書類を用意し、早めにIDを取得しておくことを強く推奨します。

誰がシステムを操作する?
GビズIDを取得し、いざ「こども性暴力防止法関連システム」にログインできるようになっても、次に待ち受けているのが「権限設定」というハードルです。
国のガイドラインでは、システムを操作する担当者に対し、役割に応じた「権限」を割り振るよう求めています。主な権限は以下の通りです。
| ポジション名 | 対象者 | 付与される権限 |
|---|---|---|
| 全権限者(総責任者) | 代表取締役や理事長など | 犯罪事実確認書の閲覧可能 権限設定可能 申請手続等の事務が可能 |
| 犯歴閲覧権者(現場責任者)※任意 | 教室長や人事部長など | 犯罪事実確認書の閲覧可能 申請手続等の事務が可能 |
| 権限設定権者 ※任意 | システム管理部門など | 権限設定可能 申請手続等の事務が可能 (犯罪事実確認書の閲覧不可) |
| 事務担当者 ※任意 | 申請手続等の事務が可能 (犯罪事実確認書の閲覧不可) |
ここで重要なのは、「犯歴閲覧権者」を誰にするか、という問題です。 よくあるのが「事務員さんに任せているから、事務員さんに全部の権限を渡しておいて」というケースです。これは非常に危険です。 犯歴情報は極めて機微な個人情報であり、法律上も「必要最小限の者」しか取り扱ってはならないとされています。
例えば、アルバイトスタッフの採用可否を決定する権限のない事務スタッフが、応募者の性犯罪歴を見られる状態になっていたらどうでしょうか?
万が一、その情報が漏洩した場合、事業者は重い法的責任を問われます。「誰が犯歴を見る必要があるのか」を組織図と照らし合わせて慎重に決定し、システム上で厳格に権限を絞り込む。この設計こそが、専門家のアドバイスが必要な領域と言えるでしょう。
従業員側にも「デジタル」の準備が必要
準備が必要なのは事業者だけではありません。
実際に犯歴確認を受けることになるスタッフ(現職者・内定者)も、こども性暴力防止法関連システムのアカウントを作成する必要があります。
この手続きは、プライバシー保護の観点からスタッフ自身のスマートフォンを使って行います。 事業者側は、システムからスタッフへ「招待メール」を送り、スタッフはそのメールから登録作業を進めます。
この際、スタッフには以下の準備を促してください。
- マイナンバーカード(必須)
- スマートフォン(カード読み取り対応機種)
- 「デジタル認証アプリ」のインストール
原則として、マイナンバーカードがあれば、必要な「戸籍情報(または戸籍電子証明書提供用識別符号)」をオンラインで取得・提出できます。
ただし、個々人の戸籍の状況によっては、マイナンバーカードを持っていてもスマホだけで完結しない場合があります。 例えば、以下のようなケースでは、ご本人が本籍地の市区町村窓口に出向く必要があります。
- 出生から現在までに、何度も本籍地を変更(転籍)している場合
- デジタル化(電算化)される前の古い戸籍(改製原戸籍など)が必要になる場合
システム上で「情報が不足しています(過去の戸籍がつながりません)」といった表示が出た場合は、役所の窓口で「識別符号(コード)」を発行してもらうか、「紙の戸籍謄本」を取得して画像をアップロードする対応が必要になります。 スタッフの方には、「場合によっては役所に行く必要があるかもしれない」と事前に伝えておくと、トラブルを減らせるでしょう。
まとめ:ITリテラシーは安全管理の一部
日本版DBSの導入は、教育・保育業界における「DX(デジタルトランスフォーメーション)」の側面も持っています。
「パソコンが苦手」と言っていられないのは、それがそのまま「こどもの安全管理ができない」ことと同義になってしまうからです。
GビズIDの取得、システム権限の設計、スタッフへのマイナンバーカード取得推奨。
これらは地味な作業ですが、認定取得後の運用を安定させるための重要な土台です。システムが稼働してから慌てるのではなく、今のうちに「デジタルの足場」を固めておきましょう。
次回(第12回)は、実際に認定申請を行う際の「必要書類」と「申請ステップ」について解説します。定款や登記事項証明書など、お役所仕事特有の書類集めでつまずかないためのチェックリストをご用意します。

